季行分
2011-2006 (平成18-23年)  
KISO PhotoGallery (c)写真家 山口勝廣

2011年8月 (平成23年)
山口勝廣写真展≪御嶽信仰と里のまつり≫
平成23年8月13日―9月27日 キヤノンギャラリーS

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木曾語り三六五〇夜 2011年8月
木曽の取材撮影を始めて、四十数年の歳月が過ぎ去った。
時代はデジタルネットワーク社会となって写真を取り巻く環境も大きく変化、記録媒体も銀塩フイルムからデジタルへと移行、書籍や雑誌もデジタル出版の時代を迎えた。しかし此処木曽の人々の心の根底に流れる日本人の精神には、今も変わらぬ血が脈々と受け継がれている。
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2011年1月 (平成23年)

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木曾語り三六五〇夜 2011年1月
2011年の新しい年を迎
え木曽御嶽を望むキビオ峠はマイナス11度の世界。午前零時の三岳御嶽神社は初詣の人影も少なく静かな年明けとなった。元日には大桑村和村日の前神社で奉納の獅子舞があった。4日には三岳御嶽神社千秋閣において23年の初奏奏楽太々神楽が奉納され古式のゆかしい舞に氏子の皆さんは固唾を呑んで初春の舞を見守っていた。
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2010年12月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年12月
東濃地域には今から約250年前の江戸期より祭礼のおりに歌舞伎が演じられ、今に伝えられている。第三十六回東濃歌舞伎大会として4地区から「《絵本太功記・尼崎閑居の場」「菅原伝授手習鑑」「増補忠臣蔵・本蔵屋敷の場」「壽曽我対面・工藤館の場」が演じられた。次世代に残していかねばならない伝承の日本文化である。
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2010年11月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年11月
11月23日、南木曽町妻籠の「文化文政風俗絵巻之行列」は、人また人の波の中、花嫁の周りはカメラマンの集中で身動きできない。
今夏の厚さは言語に絶したが秋には見事な紅葉を楽しめ、冬を前にして野や山の草達は霜枯れの季節を迎えた。雪に輝く御嶽を前にして厳冬の季節を待つ晩秋に木曽路を愉しむ。
山里の人々は冬支度。
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2010年9月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年9月
上松町諏訪神社例祭は9月3日宵祭、神輿が町中の若宮八幡宮へ渡御夜は神楽のお練りが繰り広げられ、4日本祭りでは悪魔祓いの獅子舞が家々を回り夜に入って神楽やみこし行列が提灯の明かりに浮かび上がった。深夜、大勢の町人の松明と共に神輿の本宮遷御となり獅子舞が奉納された。
2日前夜祭(芸ざらい)獅子狂言や地芝居が賑やかに演じられた。
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2010年7月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年7月
木曽路夏祭りのトップを切って木祖村藪原神社例大祭が始まった。別名で雨祭りと呼ばれるこの祭りは、梅雨の開けきらないこの季節、時として大雨となるが今年も時折強い雨となった。
江戸中期より伝わるとされるこの祭りは、上町の大きな青の雄獅子屋台と下町赤の雌獅子屋台、中町神輿とが藪原宿中山道の宿場内でよけあいの獅子舞が行われ、祭りは深夜に。
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2010年6月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年6月
初夏を彩る木曽漆器祭は平沢地区で、江戸時代京都宇治から将軍家に献上の茶を運んだお茶壷道中は奈良井宿で開かれた。両町並は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、大変な賑わいを見せた。
漆工町では日用雑貨から高級工芸作品まで店先から家屋の奥まで展示され、奈良井では江戸時代装束に身を包み時代絵巻が華やかに繰り広げられた。
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2010年5月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年5月
日増しに緑の濃くなる木曽谷の春、山の峰に木霊する笛太鼓の響きが聞こえる季節を迎えた。小川若宮神社の獅子狂言・駒ヶ嶽神社里宮の国選択無形民俗文化財の太太神楽・須原定勝寺の花祭りの宿場を行く白象と子だもたちの声、霊場では白装束の御嶽講の先達や信徒の敬虔な祈りが捧げられ、木曽路は間もなく厳しい暑さの夏祭りが始まる。
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2010年4月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年4月
寒暖気温差が20度近くもあり、前日に4,5度の気温が翌日には24度といった状況のこの春、木曾谷の花たちにも戸惑いがあるのではと考えてしまう。木曽福島萬松山興禅寺の木曽義仲お手植えと言われる「時雨桜」は、この暖かさに一気に花を開かせた。さくらは、日本人の心の中に宿っている花であり、華やかで美しい反面その散り際の儚くも潔さに心写しの姿を見る。
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2010年1月 (平成22年)

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木曾語り三六五〇夜 2010年1月
 年があらたまって木曽路では早くも小正月を迎えた。各地で塞の神や道祖神祭り、ところによってはどんど焼きと呼ぶ行事が催される。注連縄や松飾り、達磨などを積み上げ四方から火を点ける。家内安全、豊作や世の平和を願って炊き上げられた煙や炎が勢いを増して舞い昇る姿は時を越えて今に残る日本の歳時記である。
子供の姿が少ない事が一抹の寂しさとなる。
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2009年11月 (平成21年)

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木曾語り三六五〇夜 2009年11月
第42回文化文政風俗繪巻之行列が信濃木曽妻籠宿にて行われた。
民主鳩山政権交代劇、新型ウイルス・インフルエンザと姦しい世の
移り変わりを目に、大勢の観光客や写真愛好家に埋め尽くされた宿場町は一日大賑わい、晩秋の陽射しが眩しい中山道に昔日を偲ぶ。
冬支度の大根干し、軒に下がる干し柿の赤、丹精込めた菊が季節を告げ、厳しい冬が其処まで来ている。
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2009年10月 (平成21年)

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木曾語り三六五〇夜 2009年10月
矢来の雨が上がり晴天の秋晴れのも365本の花に飾られた花馬祭りが静かな中山道南木曽町田立の里で繰り広げられた。今年、一歳四ヶ月の子馬がデビューし、晴れやかな姿を披露行列に参加した。五宮神社に到着し境内を3周すると氏子や見物衆が一斉に花馬 目がけて駆け寄り馬の背の花を奪い合う。花は家に持ち帰って玄関に指し厄病の侵入を防ぎ、畦に挿して虫除けの守りとした。
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2009年8月 (平成21年)

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木曾語り三六五〇夜 2009年8月
霊峰御嶽の信仰は、702年(大宝2年)役の小角(修験道開祖、役の行者)に始まるとされ江戸期になって、尾張の覚明、江戸の普寛行者によって一般の登拝が徐々に許されるようになった。御嶽教は、木曽御嶽を根本道場として発生、平山省斎初代管長から現在12代、村鳥邦夫管長となり今も白装束の信徒が、剣が峰奥社への信仰登山が続いている。
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2009年7月 (平成21年)


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木曾語り三六五〇夜 2009年7月

日本列島に夏が来て、木曽路にも夏祭りが始まっている.しかしこの夏は、梅雨明けは本州の中部に限られ、吸収から東北、北海道にかけて大雨が続き、梅雨の明けていない地方もある.木曽路の夏祭りも雨が多く、天候不順の日が連続。それでも各地の祭りは、笛や太鼓の音に乗って、神楽や夜のお練りが、若連の元気な声に盛り上がりを見せる.
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2009年6月 (平成21年)


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木曾語り三六五〇夜 2009年6月

中山道六十九次の中、木曽路といわれる地域は、十一の宿場町を持っていた。現在は、島崎藤村生誕地の馬籠宿は、岐阜県中津川市に、木曽路最北の楢川村は、奈良井千軒といわれるほど屈指の宿場であり、木曽漆器として名高い木曽平沢は、塩尻市に編入されている。その平沢での「漆器祭り」奈良井宿では江戸幕府献上のお茶壺道中が開催され、大変な賑わいを見せた。
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2009年5月 (平成21年

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木曾語り三六五〇夜 2009年5月

八十八夜の春山登拝、御嶽信仰の信徒は、先達と共に春の訪れを待ってお山に登る。深い信仰に敬虔な祈りが捧げられ、御嶽特有のお座によって、先達から病気平癒や家内安全、また、亡くなった親族
についてお伺いを立て託宣を受ける。夏山ともなれば、老若男女全国から白装束に身を包み、六根清浄を唱えながら、剣が峰奥社を目指す多くの信徒の姿をを見受ける。  
(写真・心明霊神霊場) 
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2009年4月 (平成21年)

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木曾語り三六五〇夜 2009年4月

上松町西小川の若宮神社祭礼は小雨の降る中で伝統の獅子狂言が奉納された。陰陽師、安倍の清明の誕生と信田妻の子別れを獅子狂言として演じられる。大歌舞伎では、「蘆屋道満大内鑑」としてあまりにも有名な戯曲である。その他、忠臣蔵七段目など、社殿の中で奉納された。
          
(写真・小川若宮神社) 
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≪臨時特集号≫ 東濃歌舞伎・四代目中村津多七襲名披露記念
2009年3月 (平成21年)

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木曾語り三六五〇夜 2009年3月


寝覚大宮神社、上松諏訪神社前夜祭≪芸ざらい≫に獅子狂言や地歌舞伎が演じられる。その折綺羅師として東濃歌舞伎の中村高女師匠始め一門の皆さんが鬘や化粧、衣装の着付をされる。この度、吉田茂美さんが、四代目中村津多七を襲名にあたり、東濃歌舞伎中津川保存会第57回吉例歌舞伎大会で披露公演された。皆さんには木曽取材の折お世話になり舞台を記録させて頂きました。
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2008年12月 (平成20年)
FILM &IMAGE
FUJIFILM情報誌・VOL.14 : 08-09 Winter 冬
今回は、FUJIFILMの「FILM&IMAGE] VOL.14 08-09 Winter 冬 に、掲載していただいた≪山口勝廣直伝・木曾 信仰と伝承の世界を撮る≫を転載させていただきました。2008年12月発行 本人の靭帯断裂怪我により2008年の木曽取材が出来なかったことによります。

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木曾語り三六五〇夜 2008年12月
元旦の南木曽町與川の悪魔祓いの獅子舞の取材を終わり、雪の中の情景は感激であった.3月末、右足靭帯2本の断裂を起こし、木曽に通うことができず2008年が終了した。
木曽の取材を始めて数十年になるのに殆ど1年間にわたって、木曽を離れる事になってしまった。今頃は桜が咲き、上松の島若宮神社では、獅子狂言≪葛の葉≫が舞われ、真夏の寝覚めの爽やかな風や、紅葉の御嶽など、思いは何時も木曽に飛んでいた。親しい皆さんともご無沙汰の日々が続き、脚の回復を待って、2009年には伺いたいものと、心待ちの今日である。
写真「御嶽光る」

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2008年1月 (平成20年)

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木曾語り三六五〇夜 2008年1月

久し振りに雪の舞う三年に一度の元旦の悪魔祓いは、山深い寒村、南木曽の與川で行われた。村落の一軒一軒を訪問、心を込めて舞が収められる。迎える家は玄関前の雪を払い、獅子舞の舞台を作って待つ。お年寄りの家には、神楽連の別働隊が 先回り、雪を掘って獅子を待つ。早朝7時30分からスタート、全戸を回り終えた頃には暗くなり始めていた。(写真・南木曽町與川) 
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2007年11月
(平成19年)

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木曾語り三六五〇夜 2007年11月
眩しいほどの強い太陽を受けて、南木曽町妻籠の宿場は大変な人でごった返した。
文化文政風俗絵巻之行列は、それでなくても観光的にも写真愛好家の格好の被写体として人気が高いが、今年は何年ぶりかの本当の結婚式となって、新郎、新婦が宿場内をめぐった。馬の背に揺られていた花嫁は、旧街道の狭い石段では新郎に手を引かれて、初々しい姿が印象的であった。
(写真・妻籠宿)

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2007年10月
(平成19年)

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木曾語り三六五〇夜 2007年10月
木曽地域は、平成の行政の大合併が行われ、11町村で構成されていたが、現在は馬籠を含む山口村は岐阜県中津川市と合併、奈良井宿や木曽漆器の平沢の楢川村は、塩尻市と合併。更に、木曽福島町、三岳、開田、日義の各村は四町村合併で木曽町となった。
行政がどのように変わろうと、日本の郷土に根付いた伝承文化を絶やしてはならないと、切に感じている。
(写真・花馬祭り)

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2007年8月(平成19年)

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木曾語り三六五〇夜 2007年8月
地球温暖化現象の影響といわれるように、今夏、日本列島は猛暑に見舞われた。8月8火未明の御嶽山王滝村八海山では、御嶽教の大御神火祭が催行された。
一時、激しく降った雨に御人火の炎が反射して暗闇の世界に幻想的な情景が浮かび上がった。世界平和と所願成就の願いが紅蓮の炎に包み込まれ、天空高く舞い上がっていった。
(御嶽教大御神火祭)
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≪2007年5月≫
 (平成19年)

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木曾語り三六五〇夜 2007年5月
五月、山深い木曽谷は標高差と南北の地域によってその季節感が異なる。里ではすでに桜が散って青葉の季節を迎えてもところによって木々は未だ芽吹きの柔らかな表情を見せている。三日、上松心明霊神場では乾山講社の先達、信徒によって八十八夜の祈りが捧げられ、駒ヶ嶽神社里宮では、一子相伝伝承の太太神楽が奉納された。
(写真・乾山講社)


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木曾語り三六五〇夜 2007年5月
暖冬といわれてきた今冬、暮れから正月にも雪のない木曽路の情景は、いきなり大雪に見舞われた。正月4日には三岳御嶽神社千秋閣において、太太神楽が奉納された。合わせて12座の中、毎年3座づつ奉納され、今年は宮司による≪御神入≫が
先行き一年の諸諸の祈願成就を願って熱く舞われた。
(写真・興禅寺小祥忌)
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≪2007年4月≫ 
(平成19年)

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木曾語り三六五〇夜 2007年4月
暖冬といわれてきた今冬、暮れから正月にも雪のない木曽路の情景は、いきなり大雪に見舞われた。正月4日には三岳御嶽神社千秋閣において、太太神楽が奉納された。合わせて12座の中、毎年3座づつ奉納され、今年は宮司による≪御神入≫が
先行き一年の諸諸の祈願成就を願って熱く舞われた。
(小川若宮神社葛の葉)
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≪2007年1月≫ (平成19年)

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木曾語り三六五〇夜 2007年1月
暖冬といわれてきた今冬、暮れから正月にも雪のない木曽路の情景は、いきなり大雪に見舞われた。正月4日には三岳御嶽神社千秋閣において、太太神楽が奉納された。合わせて12座の中、毎年3座づつ奉納され、今年は宮司による≪御神入≫が
先行き一年の諸諸の祈願成就を願って熱く舞われた。
(御嶽神社三岳千秋閣太太神楽)
2007年11月のページ

(((木曾語り三六五〇夜)))





2006年11月》平成18年  

2月には中央アルプスの山腹を掘削、伊那谷と木曽谷が権兵衛トンネル開通で直結
第三の夜明けといわれ、飛騨高山、伊那高遠間が国道361号で結ばれた
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木曾語り三六五〇夜 2006年11月

晩秋の木曽路は冬の訪れが早い。紅葉が少し遅れたことが幸いし三岳や南木曽の山間や渓流沿いの峪筋に黄色から真っ赤に彩られたモミジが風に揺られながら迎えてくれた。
 雨が心配された23日第39回文化文政風俗絵巻が南木曽町妻籠宿で開催され、大勢の観光客やカメラマンで宿場は大賑わい。木曽路には木枯らしに枯葉が舞う厳しい冬が間もなく訪れる季節。(妻籠文化文政風俗絵巻乃行列)
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≪2007年10月≫
 
(平成18年)

木曾語り三六五〇夜 2006年10月
大きな低気圧による夜来の風雨が、明けてみれば秋の晴天。青空に浮かぶ真っ白な雲とのコントラストが目に痛いほど。田立旧街道を365本の花に飾られた三頭の木曽馬が煌びやかに行く。この五宮神社のお祭りは豊作・安産・家内安全などの所願成就の祈念として江戸時代、享保2年に始まったと古文書に記されている。
県指定無形民俗文化財
(写真・田立花馬祭り)
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≪2006年8月≫ (平成18年)

木曾語り三六五〇夜 2006年8月


長い梅雨が明け、木曽路には一気に猛暑の夏が来た。夏山登拝の御嶽講の信徒は白装束に身を包み、滝で身を清め六根清浄の唱和して剣が峰奥社へと山道をたどる。
霊山御嶽には滝や湖があり敬虔な祈りが奉げられる。火口湖には水がたたえられ、三の池の水は御神水として大切にされている。
王滝口八海山では御嶽教による御神火祭が挙行され、世界平和、所願成就の炎が天に昇る
(御嶽教大御神火祭)
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≪2006年7月≫
 
(平成18年) 

木曾語り三六五〇夜 2006年7月
木曽路の夏祭りは、薮原の祭礼で幕を開け、徐々に南に移ってゆく。梅雨の晴れ間の今年は、強い陽射しの中、笛の子と共に旧中仙道の宿場を、雌雄の獅子屋台が巡った。
間もなく真夏の厳しい暑さと共に、寝覚大宮神社の≪芸ざらい≫で獅子狂言が演じられ、
須原宿では≪八百屋お七≫の舞が奉納される。木曽の深い山々に祭囃子が流れる季節。
≪大宮神社芸ざらい≫

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≪2006年6月≫
 ≪平成18年≫

木曾語り三六五〇夜 2006年6月



潤いのある大気に、木曽の山々が霞み、その姿が影絵のように浮かび上がる。紫陽花の爽やかな季節である。
 梅雨の晴れ間、木曽福島「萬松山興禅寺」先代住職の遷化に伴う津送、新忌斎が臨済宗妙心寺本山はじめ、所縁の寺院、檀信徒によって荘厳にしてしめやかに執り行われた。
(木曽福島・萬松山興禅寺)
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≪2006年5月≫
 (平成18年)

木曾語り三六五〇夜 2006年5月


山では鶯が鳴き、芽吹きの淡い緑と山桜が入り混じる春がやってきた。
御嶽講の信者はお座を立て、八十八夜の春の祈りが奉げられ、駒ケ岳神社里宮では、一子相伝の太太神楽が奉納された。
花々が咲き競い、木曽福島興禅寺の庭園も春の優しさに満ち溢れ、灰沢山中では伊勢神宮式年遷宮にともなう、≪仮御樋代木伐採式≫が古式に法り、執り行われた。(伊勢神宮式年遷宮仮御樋代木伐採式)
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≪2006年4月≫
 (平成18年)

木曾語り三六五〇夜 2006年4月

積雪の多かった今年、春の訪れも遅れ気味であった。
上松町西小川の若宮神社の祭礼は例年の五月二日から四月の最終日曜日に変更された。
日曜日ということで、小さな子供たちやお母さんの姿も目立ち、走り回る幼児が、恐る恐る獅子の背中や頭にソット触れてみたり、振り向く獅子に驚いて逃げ廻ったり、ほほえましい姿が見られた。
(西小川若宮神社)
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≪2006年3月≫ (平成18年)

木曾語り三六五〇夜 2006年3月

権兵衛トンネル開通

2006年2月4日、近くて遠い存在であった木曽・伊那間に権兵衛トンネルが完成開通した。
中央アルプス木曽駒ヶ岳連峰の山腹を掘削、天竜川流域の伊那地域と、木曽・奈良井川流域の木曽谷との間、国道361号線として飛騨高山から伊那高遠までが直結。このトンネル開通は木曽伊那連絡道路として≪第三の夜明け≫と呼ばれました。
(写真・御嶽山)

2006年11月ページ
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木曾語り三六五〇夜
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